秋の夜空は、平和だ。
散歩道の途中、開け放った居酒屋のドアからは、にぎやかな酔っ払いの声が聞こえる。圧倒的な陽気さだなあと思う。
人間の決めた緊急事態が終わり、世界は常態に戻ったことになっている。今日からは正常。線引きの力とは不思議なもので、そう言われればそうなんだろうなという感じがする。魔法みたいにリスクが消えてしまうことはないと、頭では分かっているのにね。
平和に歩き続けていると、異常のない平和さの象徴みたいな、穏やかな顔をした酔っ払いが歩道で寝ていた。秋風の吹く丘で天体観測をしています、という感じに、しかも二人並んで。
突然なんのトラウマ! と思うが、似たシチュエーションで私は知人を亡くしている。酩酊からの交通事故である。
聞いたことのある光景に動悸がした。しかし散歩中のひとりは無力だ。見知らぬ酔っ払いに声をかける勇気はない。警察に通報して注意しに来てもらおうと、近くの物陰から彼らを見守りつつ110番通報のシミュレーションをしていたら、寝転んでいたうちの一人が起き上がった。つられてもう一人も起き上がる。立った。歩いた。
…安心した。
酒なんか飲むものではないと思う。人間はお酒に勝てないのだ。理性を溶かして、いいことなんか何もない。飲まなきゃやってられないストレスからは、できるだけ逃げたい人生だった。しらふでも、穏やかな顔で夜空を見たいよ。
ほっとして散歩を続けていると、今度は違う酔っ払いが、バス停近くの弁当屋さん(の、シャッター)にもたれ、幸せそうな顔で寝ていた。
うちの近所が世紀末なのか、それとも長かった緊急事態の反動か、よく分からないがやはり酒は飲むものではないと思う。
翌日は、ホットペッパーグルメのクーポンでお肉を食べた。リクルートが気前よく配布していたクーポンだ。
私はホットペッパーにログインしてネット予約をしただけなので、実質どころか名実ともに正真正銘のタダ飯にありついたのだけれど、不思議な仕組みだよなと思う。
ホットペッパーが集客をする、集客力目当てに飲食店はリクルートに手数料を払い、その手数料で私がタダ肉を食べる。
ご時世なので、あんまり友達を誘うことはしたくないし、SNSでフォトジェニックする拡散力もなく、ただもくもくと肉を食べるだけの客。せめて口コミ紹介くらいはさせていただくので、手数料ぶん、どうかちゃんと儲かってくれよなと祈る。
相手の事情をあれこれ想像して居心地が悪くなるなら、初めからクーポンなんか使わなければいいのにと思うが、クーポンがなければそもそも外食の予定は立てなかったし、資本主義社会においては真っ当なふるまいですと弁解しながらしっかり完食した。
自分が悪人になりたくないだけでしょう、みみっちいな、と思う。でもお肉に罪はなく、とても美味しかったです。