「ここに都市をつくろう」という意志をもって造られた街なのだ、という感じがする。京都の大路を歩いている。
まっすぐ伸びた道の向こうにけぶる山があり、太陽が西へ落ちていくのがよく見えた。東京の丸の内に似ていると思うが、そもそもこちらが元祖だろう。頭に浮かぶ感想はどれも小学生じみていて、勉強不足が恥ずかしい。
地図で見る京都は、碁盤の目のように、キチッと整えた道が巡らされた街だ。直線と直角からなる地図からは、潔癖に近い几帳面さ、計画を遂行する権力がもつ冷たさ、無機質さのようなものがにじみ出ている気がしていた。
歩いてみれば、碁盤の目には少しずつ個性や愛嬌に似たひずみが存在しており、やはり人の暮らす街なのだと安心した。
自転車がたくさん走っている。意外と安いスーパーがある。犬の散歩をしている子どもがいる。歴史的建造物とホテルに混ざって、地元の人たちの生活が存在していた。まるで非日常のような日常を、この人たちは暮らしているのだと思う。
日が暮れて、東の山から来た夜が、とっぷりと街を覆う。いろんな形をした軒先に明かりが点き、通りをいく人々をぼんやり照らした。買い物帰り、ランニング、デートの途中、日常の土曜夜を過ごす人々。
明日はどこへ行こうかと考える。確固たる目的があるわけではないけど、たくさんの景色が見れたらいい。知らない街を歩くのは、やっぱり楽しい。